2011年04月18日

被災地へ

<昨日の日曜日、

会社の同僚であり、友人でもある

K氏(葛西勝輝)、T氏(土岐卓也)と、

ECOCCO PROJECTの方々と 岩手県大槌町へ震災ボランティアへ行ってきました

自己満足、
現地を見て見たい、
何か出来ることをしてみたい、
仲間と行けば楽しいかな?

などと、いろんな軽い気持ち、重い気持ちが交差して実行を決めた

朝4:30に弘前大鰐インターを出発、

高速を降りて遠野市を通り釜石方面へ

遠野市あたりから、支援部隊と思われる、自衛隊、警察車両が多くなり

釜石市へ、酷いと聞いていた釜石市に入っても

弘前と変わらない状況

パチンコ屋が営業し、コンビニも営業、洗車場ではのんきに車を洗車する人々・・・

一か月だもんな! だいぶ復旧してるのかな?

『思ったより、普通だな!』と、会話しこのころは、普通にドライブ気分だった・・・

しかし・・・・


釜石の駅を過ぎると、道路の脇に流された車、空き地に大量の車、

それでも、俺たちは こんなもんか?っていう気持ちだった・・・・

釜石から、山側のバイパスを抜けて 大槌町へ

支援物資の収集場所へ行き、弘前から買ってきた 食糧、掃除道具他、運ぶ

すごい量の支援物資だが、震災から一カ月

まだまだ、気持ちが高まっているのでこの量だと思う、これが、3か月、一年、3年たった時
これだけ集まるのか?

と思いながら、ボランティアの支持場所へ向かう



景色が変わる・・・

予想以上に酷い状況・・・・

三人とも、言葉を失う・・・・

本当に震災から一カ月たってるの??


葛西なんかは、わかってるはずなのに

『なにが起きたんだ??』とつぶやく

KC3T0031.jpg
KC3T0032.jpg
KC3T0033.jpg

津波で、破壊された町に火災が発生したようでほとんどが焼かれた、建物、車の山

雑誌などで見た、戦争の空襲のあとのような景色が続く・・・・

避難場所でもある、大槌中央公民館へ向かう

なかの体育館では、テレビで見たような プライバシーの存在しない避難場所

正直 あまり長居できない状況(気持ち的に)

それでも、みんな物資の仕分け、運び出しを自己的に手伝っている様子、

横になってマンガ本を読む中学生を見て、逆に本当にこんな所でずっと生活しているんだな・・・

と感じる。

ボランティアが拾ってきた、写真の数々 洗って乾かして 持ち主が現れるのを待つそうです

KC3T0034.jpg

生まれたばかりの、赤ちゃんを抱く写真などもありました




公民館は高台にありそこから下の町の見下ろす

KC3T0036.jpg

グーグル地図で見ると、いろいろな建物があるはずの場所だが、大きな建物がかろうじて残っているような状況です


支援ボランティアに支持をする場所に行き、行先を確認し、一軒の民家へ

KC3T0041.jpg

入母屋の立派なお宅へ

作業小屋の中に流されてたまっている物を外に運び、床に10〜20cmたまっているドロ、ヘドロをかきだすのが、俺らの仕事

正直、小屋の中を見た瞬間・・・・

『これ、今日で 無理だべ』
『この、悪臭の中で作業できるかな?』

と思った

海から約5キロ離れたこの場所でも、小屋の中には天井も見えない位の瓦礫の山です

家の人も、ここまで津波が来るとは思っていなかったそうです・・

津波と一緒に流されてきた 海藻、魚が混じり 腐敗が進み、酷い悪臭

マスクをしないと息も吸いたくない状況、マスクをしても臭い・・・

持ってきたスコップでひたすら、泥、ヘドロ、をかきだし 一輪車で外へ運ぶ・・・

三人とも無言です・・・

普段、なれないスコップ作業・・・・

やっと、昼です

持ってきた、カセットコンロでお湯を沸かしご飯を温めていると

家の人がおにぎりを持ってきてくれる

割り当てが少ないはずのおにぎりをもらい、持ってきたカップラーメンと一緒にいただき、一時までの休憩です、

少し散歩しながらあたりを見渡す

大きなコンクリートの塊にゴムが付いている物体

最初は、トラックのターミナルがここにあったんだろうなー

上の部分はみんな流されてしまったんだろーなーと思ってよく見ると・・・

コンクリートの物体には 貝殻がこびりついている・・・

???

海の岸壁(堤防?)です。

ここは、海から5キロほど離れた場所です

隣には大型のユンボが転がっています

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家の隣には幼稚園があり、今回一緒にいった人たちが前回撤去作業をしたそうです
(園児が二人行方不明だそうです)

外では園長先生が瓦礫の山から、なにか探し物をしていました

中に入ると、

最近、父母が持っていた来たと思われるパネルがありそこには

『力うどん』(ちょっと意味わからなかった)と力強い字が書かれその下には
『みどり幼稚園の明るい未来へ向けて頑張ろう!! 私たちも頑張る!』と書かれていました





昼休みも終わり、午後の作業へ

いつ、瓦礫の山の中から 遺体が出てきてもおかしくない状況で、黙々と作業

やっと、全部の瓦礫、泥、ヘドロ外へ運び終えました

KC3T0040.jpg運び終えた瓦礫の山


作業が予定よりも早く終わり、

一緒に行った、別のチームと合流し、現地解散、

大槌町、釜石の海側を見物(嫌な言い方だが)へ向かう



KC3T0043.jpg住宅地のはず

KC3T0046.jpg道路は歪み、堤防もバラバラ

KC3T0050.jpg河にあったはずの橋の一部



KC3T0053.jpg この先は橋のはずです


KC3T0054.jpgシューターのない生コン屋さん


KC3T0057.jpg道路脇のガードレールでやっと止まった住宅


KC3T0058.jpgバラバラの堤防


KC3T0063.jpg地震の直前まで木を切っていたと思われる、鋸と木材


KC3T0066.jpg堤防に乗り上げた大型船(右下に人がいます)


KC3T0067.jpg廃墟と車

KC3T0070.jpgおそらく弘前の土手町のような場所


行く時は、見なかった 釜石の町も、海側は酷い状況でした・・・・


自衛隊、警察など、たくさんの人が来てると思うが、一般住宅までは、まだまだ手が届いていない状況でした、とにかく人手が足りない状況

正直、『これ、復興できるの?』と思いました

でも、残った住民は、みんなで頑張っています

家が完全に流された人も、流されていない人の家の瓦礫撤去の手伝いをしています

俺ら3人に混じって一人で来た函館からきたおっさん(失礼)は、4月9日から、車で生活しながら5月4日までいるそうです。



伝えたいことはたくさんあるが、文才がないので、伝わらない・・・と思います・・が、

また、ボランティア活動はしていきたいと思います


では!!




津波にのまれはずの海近くの場所の

桜は満開を迎え始めてました

KC3T0071.jpg




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posted by firestudio at 19:14| 青森 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
FIRESTUDIOの皆様。
本当に尊敬します!
思っていても実行に移せないでいる私を含めたくさんの人たちがこの記事に背中を押してもらったと思います。
お疲れ様でした。
私たちも後に続きます。釜石ではラグビーチームが暖房用の薪を割ってボランティアしたとか…。
本当に力になるのは人の生の手なんでしょうね。
Posted by ウッドラック真弓 at 2011年04月22日 21:56
真弓さんへ

百聞は、一見にしかず

百見は、一行にしかず

百行は、−経験にしかずです。


ただ、いろいろな事情があり、行きたくても行けない人がいるのも事実です!!

そんな、方々の分もがんばります!!

って、そんな、いつも行けないけど・・・・
Posted by FIRESTUDIO at 2011年04月25日 18:47
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